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今川氏真ってどんな人?彼から学べる教訓【プライドの捨て方】


Hatena

ども!

歴史好きなライフコーチ 兼 ド底辺サラリーマンのけんいちです!

 

歴史は繰り返すと言われます。

歴史上の人物のストーリーを聞くと現代でも役に立つエッセンスがたくさん詰まっているんです!

 

日本史の偉人から学べる教訓を週1ペースで更新して勝手にシリーズ化しています(笑)

シリーズ83人目は、戦国武将の今川義元の息子「今川氏真」です!

 

彼は戦国大名というより和歌を1700首残していたり文化人としても有名ですが、今川家を潰したとして何かとダメなイメージがつきまとっています。

 

敵から攻められたときも逃げ、父の仇である織田信長からの依頼もすんなり受けたところから、戦国武将ファンには「男気がない」とか「ダメな戦国武将」のレッテルを貼られてますが僕は彼の「プライドの捨て方」には学ぶところがあると感じています。

 

今川氏真ってどんな人?

今川氏真から学べる教訓は?

 

これらのことを書いていきます!

 

◆本記事はこんな人にオススメ!
✔プライドが邪魔して行動できず悩んでいる人。
✔世渡り上手になりたい人。
✔歴史好きな人。

 

 

 

(約5分で読めます)

 

今川氏真ってどんな人?

今川氏真


 

今川氏真はサラブレッド将軍!

今川氏真は、1538年に今川義元の長男として生まれます。

 

今川家といえば、足利将軍の血を引き継いでいます。

また、今川義元と結婚したのは武田信玄の姉。

 

今川氏真は、足利将軍と武田家の血を引き継いだサラブレッド将軍なのです。

 

 

父の今川義元といえば、「桶狭間の戦い」で織田信長に敗れ、討ち死にしてしまいました。

父の生前から今川家の家督相続していた氏真は、このとき正式に今川家の長となります。

 

 

当時、駿河の今川義元は、信濃の武田信玄と、相模の北条氏康と「三国同盟」を結んでいました。

だから、母親が武田信玄の姉なんですね。

当時はこの三者で、政略結婚でお互いがお互いの兄妹や娘を嫁に出していたりしました。

 

今川家滅亡に・・・ 

今川義元が、まだまだ駆け出しだった織田信長に負けてしまったのは想定外。

ここから今川家は滅亡の道へ辿って行ってしまいます。。

 

 

今川氏真が「桶狭間の戦い」の敗戦処理に追われている最中、今川家の人質だった若かりし徳川家康が独立します。

家康は今川家をすぐに裏切ったわけではないですが、「織田信長に弔い合戦を仕掛けよう」と今川氏真に提案するも氏真はこれを拒否。

 

仕方なく徳川家康は、信長勢と和睦する道を決め、今川家から完全に離れました。

さらに、今川家の領土の中で、家臣たちが次々と離反。

 

今川家の領土内は大混乱。

さらにピンチにピンチは続き、同盟を結んでいた武田信玄との決別が決まってしまいます。

 

武田信玄も領土拡大をしていく中で織田信長と同盟を結ぶ路線を取り、さらに今川家は武田信玄の長男を謀反の疑いで幽閉していたことをキッカケに不仲になって、ついに今川家と武田家は決裂してしまいました。

 

 

今川家との関係が解消されてしまった徳川家康と武田信玄の両名に駿河を攻められるとあっという間に領土を取られてしまいます。

 

まずは駿河国には、武田信玄が乱入。

まだ今川家と関係を維持していた北条氏が応援に来てくれ、武田信玄と戦っています。

 

家康にも、掛川城という城を包囲され、ここの城も取られてしまいますが、武田信玄が家康を裏切ったこともあり、家康は武田信玄と戦うため今川氏真と和睦しようとしています。

 

「裏切り、裏切られ」の戦国時代の同盟なんて信じられませんね〜笑

利用できるものは利用しまくっている武田信玄なんか頭がキレますね。

 

徳川家康は、武田信玄に裏切られ、「武田信玄を破ったら、駿河の国は今川氏真に返す」という条件を出し、今川氏真はこれを受け入れて実質降伏しました。

 

プライドを捨てて逃げた先は

こうして一旦駿河を譲った今川氏真は、相模の北条氏康を頼りに訪れます。

しばらく守ってもらいましたが、北条氏康が死去すると、その息子の北条氏政が跡取りとなりますが、なんと今川氏真を追放してしまいます。

 

その理由は、北条氏政の奥さんが武田信玄の娘だったからです。

ここでも同盟の影響が。

 

「今川氏と武田氏、どっちを取る?!」

ってなったら、圧倒的優位な武田氏を取るのは当然。しかも娘を奥さんに連れてるんですからね。

 

行く場所がなくなってしまった今川氏真は、なんとなんと、次は、徳川家康を頼りに庇護下に入ります。

 

たしかに和睦はしましたが、一度は攻められた敵に守ってもらうことになったのです。

そして、父の仇でもある織田信長に謁見する機会があり、織田信長の要望通り蹴鞠(けまり)を演じました。

 

蹴鞠の名手だった今川氏真でしたが父を殺した張本人の前で屈辱的ですがそれを披露したのです。

 

しかし、こうした行為もあったことから徳川家康や織田信長からは庇護されることとなります。

 

織田信長&徳川家康  VS  武田信玄の「長篠の戦い」では、徳川軍に従軍。

武田信玄を破りました。

 

屈辱を味わされた相手に対しても、平気で仲間になろうとしているのは、ある意味世渡り上手ですよね。

 

しっかり優位になる人を選んで近づいているあたりは先見の明もあるのかも。

生き延びることを最優先として生き抜いた今川氏真は、当時としては非常に長生きな77歳まで生きました。

 

 

 

プライドの捨て方 

ゴミ箱

 

今川氏真は、「ダメ将軍」と言われています。

戦に敗れ、今川家を潰してしまったり、趣味の蹴鞠や和歌にばかり没頭していたからです。

 

でも、僕は変にプライドを持っていた方がダメなんじゃないかと思います。

これは人それぞれの考え方なので、「戦国大名らしく最後まで戦うべき!!」というご意見もあるでしょう。

 

でも、彼が「生き延びる」ことを最優先にしなければ今川家の血は本当にここで途絶えていたかもしれません。

彼が長生きしたからこそ、今川氏真の子孫たちが生きることができたのです。

 

さらに、文化人として和歌も残しましたし、蹴鞠の名手としても有名になりました。

 

僕はプライドを捨てて長生きする事に徹した今川氏真の生き方は尊敬に値すると思います。

生きていればなんだってできるからです。

 

 

今川氏真から学べる教訓 

勉強

今川氏真から学べる教訓は「プライドを捨ててでも生き延びる方を選べ」ということです。

 

 

今川氏真の世渡り術をこれを現代に生かすなら、こんな状況でしょうか。

 

もし自分の大切な会社やサービスが買収されたら?

大事な彼女を略奪愛で奪われたら?

自分が0から作り上げた著作物を誰かに取られたら?

 

どれも怒り狂うかもしれません。

そして仕返しするかもしれません。

 

でも、どんなに許せなくても自分を破滅するようなやり方は避けるべきだと思います。

 

自分さえいれば、いつからだってやり直しが利きます。

どん底を味わおうが再起できるのです。

 

プライドなんて捨てましょう!!

 

裏切った徳川家康に助けを求める。

父の仇の織田信長の前で蹴鞠を披露する。

 

なんにも気にしてなかったか、

屈辱の上での選択をしたかは、今となっちゃ分かりません。

 

でも、結果的には、長生きできて自分の趣味や好きなことに没頭しながら江戸時代初期の1614年まで生きることができました。

 

そんな今川氏真のプライドの捨て方には学びがあるのではないでしょうか。

 

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました!

ではまた。

ざす。