『まだ見ぬ世界と自分に出会えるブログ』へようこそ。
ライフコーチ、会社員、Kindle作家と三足の草鞋を履いている小泉健一と申します。
このブログではライフコーチの観点から心が楽になる考え方をシェアしたり、オススメの本や映画の紹介をしたりしています。
このブログを通して知らなかったコトやモノに出会え、新たな世界が開けるかも?!
本記事は歴史から学べる教訓について。
僕は歴史が大好きで、よく歴史の本を読んでいます。
『歴史は繰り返す』
とよく言いますが、歴史上の人物のストーリーを聞くと現代でも役に立つエッセンスがたくさん詰まっているんです!
日本史の偉人から学べる教訓を週1ペースで更新して勝手にシリーズ化しています(笑)
シリーズ155人目は、平安時代末期、東北地方を制圧した奥州藤原氏の3代目「藤原秀衡」です。
未開拓だった東方の地を発展させ栄華を極めた奥州藤原氏。
祖父の清衡が立ち上げ、父の基衡が強固な土台を築き、3代目の秀衡は何を成し遂げたのか。
彼は奥州藤原氏の最盛期の時代を担い、源氏・平氏に並ぶ勢力まで拡大させた。
牛若丸の名で知られる源義経を教育し、鎌倉幕府を開いた源頼朝の最大の敵ともなります。
そんな藤原秀衡の生涯をざっくりポイントのみ触れてわかりやすく解説し、そこから現代を生きる僕たちにもタメになる教訓をご紹介していきますね。
彼の生涯や実績を知ると、「リーダーの器量」が学べます。
(約5分で読めます)
藤原秀衡とはどんな人?
奥州は平安京に次ぐ一大都市に
藤原秀衡は、藤原基衡の次男として平安時代後期の1122年に生まれました(年代は諸説あり)。
父親の基衡がまだ17歳のころの子どもなので、しばらくは基衡が奥州藤原氏の当主を担っていました。
※父・基衡についての詳しい記事はコチラ。
藤原基衡とはどんな人?彼から学べる教訓【2代目経営者の役割】 - まだ見ぬ世界と自分に出会えるブログ (kkenichi.com)
秀衡が30代後半の頃に、父の基衡は亡くなり、秀衡が正式に奥州藤原氏の当主となります。
当時、すでに祖父の清衡、父の基衡が貿易を主軸に、莫大な富を得ていました。(のちに、東大寺焼き討ちの際の復興費として、秀衡が朝廷に渡した義援金も源頼朝の何倍もの金額だったと言われています。)
朝廷からも東北の勢力を統率する役職を与えられ、実質武士の中では一番の地位を得ることとなります。
拠点を置いていた岩手県の平泉は、当時の京都の平安京に次ぐ人口だったようで、初代清衡が作った中尊寺を中心に栄えていました。
源義経を教育した
当時は、平氏と源氏がバチバチに戦っていた時代。
平治の乱では、源氏が負け、平清盛が勝利者となり太政大臣になって朝廷の元で力を付けていきました。
負けた源氏の源義経は、打倒平氏のために力を付けるのに頼ったのが奥州藤原氏でした。
藤原秀衡は、快く義経を受け入れ教育していたと言われています。
しばらくしたあと、義経はまた平氏と戦うために、奥州を出ようしますが、秀衡は慎重になるように諫め、引き留めます。
しかし、義経はそれでも出兵していったので、秀衡は自分の大事な武将を部下につけ帯同させました。それほど、義経を想い大事にしたのです。
源頼朝との対立
朝廷(平氏)から、源頼朝を討伐するように秀衡のもとに指令がありました。
しかし、秀衡は中立の立場を取り、その要請には応じませんでした。いくら朝廷の命令と言えど、今、源氏を敵に回すのは不利になると判断したのでしょう。
そして、源平合戦では、源氏が平氏を打ち破る結果となり、源頼朝は勢力を拡大していきます。
弟の義経は合戦のときの行いが原因で頼朝から目を付けられることに。
そんなときに義経が頼ったのもまた奥州藤原氏でした。
しかし、義経を匿うということはノリに乗っている源頼朝を敵に回すということ。それでも義経のことを受け入れたのです。
その結果、やはり源頼朝は奥州藤原氏に目をつけます。そのとき秀衡は亡くなってしまいます。秀衡は後を継ぐ息子と義経に「頼朝を倒すためには一致団結しなさい」と遺言を残しました。
しかし、後を継いだ泰衡は、頼朝にビビって匿っていた義経を脅して自害に追い込みます。義経がいなくなったので頼朝は攻めてこないと思ったのですが、その考えは甘く、頼朝は元々脅威だった奥州藤原氏を滅亡させるのが狙いだったのです。
そして岩手県へ進軍してきた頼朝に滅ぼされてしまい、100年続き栄華を極めた奥州藤原氏はここで終焉を迎えたのです。
リーダーとしての器量
僕が藤原秀衡の生涯から学んだのは「リーダーの器量」です。
藤原秀衡は、とにかく冷静に対処していました。
朝廷から源氏討伐を命じられた時も中立の立場を保ちました。これは今で言うと会社の上司から指示されたことをちゃんと自分で考え自分の意見を持つということと同じことかと思います。
また、当日力をつけていた頼朝からも「東大寺の修繕費をもっと出すべき」とか「朝廷への年貢は私を通せ」とか上から目線の手紙をもらったこともありました。
そのときも、すべて「それはおかしい」と断り手紙を返しています。
すでに力をつけていた奥州藤原氏だからこその返事かもしれませんが、強敵に対して毅然とした態度で臨めるのもリーダーの器量を感じられます。
息子の泰衡が義経を裏切ってしまったことは本当に残念です…
藤原秀衡から学べる教訓
藤原秀衡から学べる教訓は「リーダーとして何事も冷静に、何が正しいかを判断する」ということです。
どんな相手に対しても、自分で一度考え、何が正しいか冷静に判断する。
それがリーダーとしての器量だと学びました。
現代のビジネスマンにおいても、大切なお客様だからといって自分の会社に不利な条件であればキッパリ断ること。
社内でも上司だからといって正しいとは限りません。自分の考えがあるのならそれをしっかり伝えるべき。
そんなことを教えてもらいました。
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最後までお読みいただきありがとうございました!
ではまた。
ざす。