ド底辺サラリーマンの夢の叶え方

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紫式部から学べる教訓 何した人か5分で解説【他人に合わせる必要はない】


Hatena

ども!

歴史好きなライフコーチ 兼 ド底辺サラリーマンのけんいちです!

 

歴史は繰り返すと言われます。

歴史上の人物のストーリーを聞くと現代でも役に立つエッセンスがたくさん詰まっているんです!

 

日本史の偉人から学べる教訓シリーズ。

シリーズ64人目は平安時代の歌人であり「源氏物語」作者として誰もが知ってる「紫式部」です!

 

大人気を博した「源氏物語」を書き、また、天皇の正室(正式な妻)の世話役として宮廷に支え、華やかな生活を送っているイメージがある紫式部ですが、早くに夫と死別したり、宮廷の世話役である女房同士、馴染めなかったり非常に苦労した方なのです。

 

彼女の生涯から学べる教訓を書きました。

  

紫式部って何をした人?

紫式部から学べる教訓は?

 

これらのことをざっくりと5分でわかるように解説していきます^^♪

 

 

 

(約5分で読めます)

 

紫式部って何した人?

紫式部

 

女の子には珍しく漢文が得意

 

紫式部は生まれた年も亡くなった年も、詳細は不明で、諸説ありますが、970-978年あたりに生まれて1014年あたりに亡くなったとされています。

 

紫式部の父は藤原為時(ふじわらのためとき)という人物で藤原家の一族なので血筋は良かったのです。

 

お父さんは花山天皇という天皇に漢文を教えていたり、身分も良かったのですが、花山天皇崩御に伴い実質、格下げになって越前国に出向する形になります。

 

ただ、父の影響で紫式部も漢文が得意となりました。

当時は、漢文は男が勉強するもので女性が漢文をすると非難されることもあったとか。

父の藤原為時も「男に生まれてくれたらなぁ」と嘆いたそうです。

 

なんか可哀想ですね、、、

でも、当時は出世が命でしたから、男で漢文や漢詩が出来ることは出世できるひとつの指標になっていたのでこう思うのも自然なことかもしれません。

 

 

結婚、そして夫と死別

 

紫式部は20代の頃である998年に藤原宣孝(ふじわらののぶたか)という親子くらいの年の差がある人と結婚しました(20歳くらい上)。

 

翌年には娘も生まれますが、結婚して3年しか経ってない年に夫を病気で亡くしました。

当時流行っていた疫病と言われています。

 

幸せな時間も長くは続きませんでした。

この夫との死別のあと、「源氏物語」を書き始めます。

 

宮廷に仕えるも、なかなか馴染めず

 

紫式部は、当時の天皇である一条天皇の正室で、藤原道長の長女・彰子の家庭教師に抜擢。宮廷に仕えることになります。

 

夫との死別から「源氏物語」を書き始め、少し書いては友人に見せ、大好評でまた続きを書いて、、ということを繰り返していました。

そんな噂を聞きつけた藤原道長が、「我が娘にぜひ文学を教えてくれ」とヘッドハンティングしたという説があります。

 

こうして、正室の世話役である「女房」として宮廷に仕えることになりました。

出世コースでしたが、当時はなかなか女房の中に馴染めず、実家に帰っていたりふさぎ込んでいたこともあったようです。

 

「源氏物語」は宮廷に仕えたのち、完成して大人気に。『光源氏』という女性の理想の王子様的なキャラがウケたのと、ストーリーが非常にリアリティある宮廷での生活を描いていたことがヒットした要因だったと言われています。

 

漢文も出来て文才もある。

一見、誰もが羨む人物のように見えますが、だからこそ、近寄りがたい人だと思われていたようで、馴染めなかった要因でもありました。

 

藤原道長の娘の彰子の「漢文を学びたい」という要望にも応えてコッソリと教えていたそうです。(当時は女性が漢文を勉強するのは批判される要因だったので)

 

女房には馴染めなかった紫式部ですが、一条天皇の正室の彰子からも好かれ、その父親の藤原道長からの信頼も厚かったのです。

 

そんな生活を送り、1014年に亡くなりました(亡くなった年は諸説あり)。

 

 

 

 

 

 

他人に合わせなくたっていい

自由


 

紫式部のことを知る前は、「華やかな人でお高くとまっている」と勝手にイメージしてました。(すいません笑)

 

でも、紫式部は非常に人間味あふれ、現代人と同じような悩みを抱えて過ごしていたんだと、少し親近感が湧きました^ ^

 

漢文が好きだったことは、女性にとっては当時としてはデメリット。

でも、この好きを貫き通したことはとても素晴らしいなと思いました。

 

一条天皇の正室である彰子にも、コッソリ教えていたくらいなので堂々とは勉強できない学問だったことが想像できます。

 

それでも、好きなものは他人の目を気にせず貫く。

そんな大切さを教えてくれます。

 

 

紫式部から学べる教訓

勉強

紫式部から学べる教訓は「好きなことは他人に合わせなくていい」ということです。 

 

「女子だから....」 と漢文を学ぶのを辞めてしまっていたらこれほどの文才はあったのでしょうか。

『好きこそものの上手なれ』とはよく言いますが、『好き』なことに対する成長スピードは計り知れません。

 

自分の好きなことを常識や周りの意見で辞めてしまうのはダメ!

 

 

 好きなことは貫きましょう!

紫式部について、もっと知りたいという方は「源氏物語」は創作なので「紫式部日記」がオススメです!

以下の本は面白おかしく、マンガで書かれているので読みやすいです。

 

 

紫式部日記は、正室に仕えていた頃の様子を書いていて、紫式部の人となりもわかる著作です。

 

 

よく比較される『清少納言』について知りたい方は以下の記事も書いていますのでもしよければ覗いてみてください(^^♪

 

それでは、最後までお読みいただきありがとうございました!

ではまた。

ざす。