ども!
歴史好きなライフコーチ 兼 ド底辺サラリーマンのけんいちです!
歴史は繰り返すと言われます。
歴史上の人物のストーリーを聞くと現代でも役に立つエッセンスがたくさん詰まっているんです!
日本史の偉人から学べる教訓シリーズ。
シリーズ65人目は平安時代の女流作家で、随筆エッセイである「枕草子」の作者として有名な「清少納言」です!
誰もが学んだであろう「枕草子」の作者。
これは随筆と言われ今でいうエッセイですね。感じたままに、自分の感情やその当時の出来事についてのことを書く。
でも、よくよく考えたら、自分が感じたことを書いてそれが1000年以上も読まれているってすごくないですか?!
本記事では、清少納言の生涯を紹介しつつ、1000年も読まれている枕草子がなぜここまでヒットしているのかということも書き、現代のわれわれに活かせることをまとめています。
彼女の生涯から学べる教訓を書きました。
清少納言って何をした人?
清少納言から学べる教訓は?
これらのことをざっくりと5分でわかるように解説していきます^^♪
(約5分で読めます)
清少納言って何した人?
超一流の歌人一家に生まれる
清少納言とは本名ではありません。
本名は清原諾子(きよはらなぎこ)と言われています(定かではないらしいです)。
清原家の少納言(役職)という意味で、のちに宮中に仕えた際に呼ばれた名前が『清少納言』でその後ずっとこの名で伝わっています。
ちなみに多くの人は(僕も含めて)『清少納言』と読むとき『せいしょう なごん』と区切りがちですが、『せい しょうなごん』が正しいんですね。
名前に関しては、紫式部の「式部」というのも式部省という当時の役職から来ています。
清少納言も「清原諾子」という本名だったらイマイチ覚えづらいし、もしかしたらここまで後世に伝わってなかったかも?とも個人的に感じました。。
彼女の父親は清原元輔(きよはらのもとすけ)という有名歌人で、祖父も清原深養父(きよはらのふかやぶ)という歌人。
父は、『梨壺の5人』という天皇選抜の歌人5名に選ばれる超優秀な歌人。
祖父も『古今和歌集』という歌集に選定されるほどの実力者。
そんなエリート一家に生まれた清少納言も漢文に秀で、女性には珍しいほどの教養があったのです。
宮中に仕える
そんな才能が注目され、宮中に仕えるようになります。
当時の天皇の后である藤原定子(ふじわらのていし)の世話役(女房)としてです。
清少納言は、『枕草子』のなかで「藤原定子はとても美しい」と評しています。
藤原定子とも仲良くやっていたそうですが、藤原定子は難産のため24歳という若さで亡くなります。
藤原定子の父は、栄華を極めた藤原道長の兄。
兄の娘が亡くなったことで、藤原道長は自分の娘の藤原彰子を天皇に嫁がせます。
この彰子に仕えていたのが紫式部です。
定子が亡くなってからは清少納言は旦那さんの地元の摂津国(大阪と兵庫らへん)に帰ったといわれています。
清少納言はなにかと紫式部と比較されることが多かったですが、実際には宮中では一緒にはなってなかったんですね。
でも、お互いが自分たちの著書の中で批判しあったりしていたそうです。。
枕草子を書く
ちょうど宮中を離れたときらへんから、『枕草子』を執筆していました。
枕草子は、日記的な内容と随想的な内容があることが特徴として挙げられます。
僕たちが習ってきた「春はあけぼの やうやう白くなりゆくやまぎは」という有名なフレーズは随想的観点から書かれた部分の文章です。
春は夜明けくらいがいい、冬は朝がいい、など、感じたことを清少納言の感性で感じたままに書いています。
他にも、「こんな人がいい」「こんな人は嫌だ」とか、「こんなことされるとうざい」みたいな内容まで書かれていて、今読んでも「それわかる!」といった人の感情についても書かれているのです。笑
文章も短く、その書き方や言葉選び、そして当時は珍しいひらがなを多く使うという方法を取り、柔らかさと美しさを表現しているそのセンスに当時は大ヒット。
藤原道長も、手紙を清少納言に送ったと言われています。
もうひとつの日記的な特徴としては、藤原定子に仕えていたころの、宮中の様子を書いています。これは定子との思い出が多く書かれていて、亡くなったあと書かれたことを考えると悲しみに暮れ、楽しかったことを思い出していたのかなとも感じられますね。
随想的で日記的なことから、よく枕草子は『最古のブログ』だと言われています。
伝わる文章を書くためには?
枕草子から、清少納言の感性が見られますが、僕が何よりすごいと思ったのは現代の僕らが読んでも「それわかる!」と納得できちゃうところ。
人間の感性ってずーーっと変わらないんだなと思いました。
枕草子にはあとがきが存在し、清少納言はこう言っていたそうです。
枕草子は、私が目で見て、心で思ったことを、人が見るとも思わずに、あるがまま、感じるままに書きました。
(原文)この草子、目に見え、心に思ふことを、人やは見むとすると思ひて、つれづれなる里居のほどに書き集めたるを・・・(以下略)
人が見ると思わずに里(おそらく摂津国)に帰ったときに書いていたんですね。
それが後世まで人気になったというのはまたすごい。
人に伝わり、響く文章を作るためには、感じたままに書くことが大切なんだなと思いました。
文章には型があったり、「こういう書き方がいい」とかテクニック的なことも大事でしょうが、着飾らずにありのままに書くことも大事。
ありのままに自分が感じたことを書くことが、同じように感じて納得してくれる人に伝わるのではないでしょうか。
清少納言から学べる教訓
清少納言から学べる教訓は「人に伝わる文章を書くためには飾らずにありのまま書くこと」ということです。
ありのままに書くと、同じように感じるひとに伝わります。
僕も昔、ブログで章立てとか気にせずに感じることをバーっと書いた記事があったのですが読んでくれた友達に「わかりやすい」「こういう感じいいね」と言ってもらえたことがありました。
もちろん、読者に共感してもらうためには感性とかセンスを磨く必要はあるかと思います。
そのためには歴史的文学を読みましょう!
以下の本は、数ある枕草子の中で、Amazonランキング1位でした!(2020年8月現在)
現代語訳もついています。
「マンガがいい!」という方には、以下のような本も。
よく比較される『紫式部』について知りたい方は以下の記事も書いていますのでもしよければ覗いてみてください(^^♪
紫式部から学べる教訓 何した人か5分で解説【他人に合わせる必要はない】 - ド底辺サラリーマンの夢の叶え方
最後までお読みいただきありがとうございました!
ではまた。
ざす。