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【書評・要約】日本の仏教はどのように誕生したのか?『最澄と空海 日本仏教思想の誕生』著:立川武蔵


Hatena

ども!

ライフコーチ 兼 ド底辺サラリーマンのけんいちです!

僕は読書が大好きで、年間100冊ほどビジネス書や歴史書中心に読んでいます。

そんな僕がオススメ本を紹介します。

 

 

「最澄と空海の仏教について詳しく知りたい!」

「日本仏教の誕生について学びたい」

 

そんな人にオススメの本です。

それはコチラ!

 

 

 

本書は、日本の仏教の原点、最澄と空海の仏教を、さらにその源流であるインド仏教までさかのぼり、超詳しく書かれている本です。

 

著者は、インド学、仏教を専門にされている学者の立川武蔵さん。

2008年には、日本の文化に貢献した人に天皇陛下から送られる『紫綬褒章』も受賞されています。

 

そんな日本を代表する仏教学者の本なだけあってめちゃくちゃ難しい!

僕にはまだ早かった。。。笑

 

ある程度、仏教について知識がある方にオススメします。

僕は「最澄と空海を改めて勉強したい」と思い読みましたが、そうではなくて、すでに最澄と空海や日本の仏教の知識があったうえで深堀りしたい方にピッタリなレベルの本でした。

 

 

それでは早速、中身を紹介していきます!

 

 

(約5分で読めます)

こんな人にオススメ!

本

・ある程度最澄と空海について知っていてさらに知識を深めたい人

・日本の仏教の誕生を、源流のインドや中国などの仏教までさかのぼり勉強したい人

・日本の心、原点について知りたい人

 

先述しましたが、かなり詳しく専門用語もバンバンでてくる本なので、仏教の知識がすでにある方にオススメです。 

また「日本の心」や「原点」について知りたい方にもオススメ。理由は後述します。

 

 

 

この本の要点と僕が伝えたいこと

まとめ

最澄と空海についてはもちろん、仏教の源流であるインド仏教までさかのぼり詳しく日本仏教の誕生について書かれた本。

最澄はエリート僧として中国に渡り、中国の天台宗を日本に持ち込み、日本らしさを織り込んだ仏教として『天台宗』を開宗した。

空海はまだ無名な留学僧だったが最澄と同じく中国で仏教を学び、当時流行っていた『密教』を日本でも確立させた。

日本の仏教の礎はこの2人によってなされた。

天台宗も本来の仏教の教えでもある「諸行無常」とは矛盾する「諸法実相」という「今存在する目の前の世界がすべてだ」という考えがベースになっている。また、最澄は途中で僧になることを辞めるという異端なこともしている。

このように日本に合うような仏教を求め続けた彼らの想いを知ると、日本の心についても知ることができる。

 

 

  

日本の仏教はどのように誕生したのか

仏像



そもそも仏教とはどこでいつ誕生したのかということについてですが、仏教はインドが源流です。

 

釈迦が約2,500年前の紀元前5世紀頃にインドで提唱して生まれました。

紀元前5世紀というと、日本はまだ縄文時代。

ギリシアでは、哲学者ソクラテスが生きていた時代ですね。

 

 

時を経て、インド仏教を学び、日本での確立を最澄と空海が成し遂げました。

 

仏教はインドで生まれましたが、今ではインドの中で仏教徒は1%にも満たないそうです。

これは、ヒンドゥー教やイスラム教に押されてしまったから。

 

仏教は、悟りを開く修行を要するものだったのですが、ヒンドゥー教などは「祈れば救われるよ」という非常に簡単なものだったので大衆に根付いたのです。

(のちに日本でも『浄土宗』などが同じような考えで広まりますが)

 

 

最澄と空海が中国に渡り仏教を学んだタイミングもバッチリでした。

 

8世紀くらいの頃の中国はインド仏教が中国に入ってきて、確立された全盛の時代。

そして、インド仏教はインド自体では8世紀ごろには衰退しており、ヒンドゥー教が勢力を強めていて、『密教』という「秘密の仏教」という別の角度から仏教を立ち直そうとされていた時代。

 

最澄と空海が学んだときは、中国では仏教が確立し、インド仏教の衰退により『密教』が生まれ始めたタイミングだったのです。

 

こうして、唐(中国)に渡り、仏教を学んだ最澄と空海は日本に仏教を持ち帰り、それぞれ『天台宗』『真言宗』として確立させました。

 

 

 

最澄と空海が確立した仏教と他の仏教の違い

悟り


最澄と空海が確立させた仏教は、インド仏教や中国の仏教をベースとしながらも日本独自の思想を取り入れています。

 

 

最澄や空海が学んだ中国仏教は、その源泉はインドのものであったが、中国人の思惟のフィルターを通したものであった。とくに天台の教学は、中国人が自分たちの操作概念をもちいてインドからの思想を作り直したものであった。それを最澄がさらに「日本流」に据え直したのである。(47pより引用)

 

 

最澄の天台宗では、「諸法は実相である」という考え方があります。

これは、「今、現在にあるものが真実である」という意味です。

 

そして空海は、この世界そのものが仏の身体であると考えていました。

 

ふたりの主張は異なるかもしれませんが、「今目の前のものがすべてだ」と、考えてることは共通しています。

 

キリスト教のように自分以外の世界に神様がいるのではなく、自分たちが生きてるこの世界そのものが神(仏)であるという考え方。

 

日本ではアニミズム、八百万の神といわれるように草木、山、海、すべてのものに魂が宿っているという考え方が大昔からあります。

 

仏教を、そんな日本人の考え方に添い、流行らせようと最澄と空海は定義したのです。

 

すべてのものは移り変わるという「諸行無常」と言う考え方ともすこし違っていますね。

 

 

最澄と空海が確立した仏教のその後

お祈りする人


最澄と空海がいかにして仏教を確立し、どんな特徴の教えだったのかをざっくり紹介しました。

 

 

そんな彼らの仏教は日本ではその後どうなっていったのか。

 

最澄は桓武天皇の命により留学し、帰国後『天台宗』を開いています。

空海も嵯峨天皇に『真言宗』を保護されるようになります。

 

このように仏教は国に守られる存在となっていったのです。

それだけ人々の心の支えになると思われていたんではないでしょうか。

 

空海の『密教』は個人の解脱を目標としていて、「即身成仏」といって「その体のまま仏になれますよ」という教えがあったのです。

どんな庶民でも「仏になれる」というのは、やはり人々の心の支えになったんでしょう。

 

 

そして『天台宗』がベースとなり、その後鎌倉時代には、『浄土宗』『浄土真宗』『日蓮宗』などの鎌倉仏教が興ります。

 

最澄と空海の教えは、今の日本の仏教の礎となるのです。

 

仏教を学ぶというだけではなく、日本の心のベースとなるもの、拠り所となるものを知りたい方にも本書はオススメです。

かなり難易度は高めと感じましたが、詳しく仏教の誕生について知れるので楽しみながら読めました(^^♪

 

 

 

 

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました!

ではまた。

ざす。