ド底辺サラリーマンの夢の叶え方

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心が軽くなる心理学やオススメの本や映画を紹介しています。

蓑虫山人ってどんな人?彼から学べる教訓【自分の居場所は自分で作る】


Hatena

ども!

歴史好きなライフコーチ 兼 ド底辺サラリーマンのけんいちです!

 

歴史は繰り返すと言われます。

歴史上の人物のストーリーを聞くと現代でも役に立つエッセンスがたくさん詰まっているんです!

 

日本史の偉人から学べる教訓を週1ペースで更新して勝手にシリーズ化しています(笑)

シリーズ87人目は、江戸時代末期の絵師で考古学者でもある「蓑虫山人」です!

 

たぶん、初めて耳にする人が多いかもしれません。

彼は今で言う簡易テントのようなものを背負い、日本中を旅していた放浪者なのです。

 

江戸末期の時代に現代のノマドのような生活をしていた彼から学べる教訓をまとめてみました!

 

蓑虫山人ってどんな人?

蓑虫山人から学べる教訓は?

 

蓑虫山人の生涯に触れながら、これらのことを書いていきます。

彼、変人で最高に面白いですよ。笑

 

 

 

 

(約4分で読めます)

 

蓑虫山人ってどんな人?

 

蓑虫山人

蓑虫山人(唯一の肖像と言われている)

14歳で旅に出る

蓑虫山人の本名は、土岐源吾(ときげんご)。

岐阜県で生まれます。

 

彼は寝床を抱えながら日本中を旅し、旅先の風景画を描いたり、造園をしたり、遺跡を発掘したりするなど、多彩なことをやっていました。

 

父親も物好きだったという記録も残っています。

 

「蓑虫山人」という名前ですが、ミノムシが自分の家を常に持っていることから、同じように、折り畳み式のテントのような幌を抱えて旅をして自身を「蓑虫」に例えて付けた名前です。

 

だいぶ変わり者ですね(笑)

 

なんと14歳の頃から旅に出ます。

母親は幼い時に亡くなってしまっていて、残った父も変わり者だったそうなので、許されたのでしょうか。

 

当時は藩政なので、県を跨ぐのも国を一つ乗り越えるくらいのことです。

 

大変な旅だったでしょう。

 

 

蓑を抱えた旅人

 

ひとり旅に出てしばらくした21歳の頃、ミノムシがぶら下がってるのを見てこう思ったそうです。

 

「ミノムシですら寝床がちゃんとあるのに、俺は何やってんだ」

 

 

そして、簡易テントのような寝床を手作りでこしらえたそう。もう変わり者でしかない(笑)

 

そうして、自身で「蓑虫山人」を名乗り日本中の旅を続けます。

旅先でその土地の見どころや民俗文化などを記録に残していたそうです。

のちに画家に師事し、絵画も描いています。

 

 

造園、遺跡の発掘も

 

これまたすごいのが公園を作ったり、遺跡を発掘したりもしています。

 

蓑虫山人は、東北をえらく気に入ったようで、日本中を旅しながらも、東北にしばらく滞在したり、別の場所にいても必ず年に1回は東北を訪ねていたようです。

 

岩手県水沢にある桜の名所「水沢公園」は蓑虫山人が造った公園です。

公園を作ってから10年くらい東北に住んでいました。

 

また、青森県つがる市の「亀ヶ岡遺跡」の発掘をしています。

この調査記録が雑誌に載ったことで、「亀ヶ岡遺跡」の名前は一気に世に広まったそうです。

 

旅をしながら感じたものを絵に描いたり、造園したり、遺跡を発掘したり、好奇心の赴くままに活動していたのです。

 

駆り立てるのは「見たことないものを見たい」という気持ち

 

今でいうノマドワーカーというかバックパッカーというか、自由奔放に旅しながら暮らす蓑虫山人、なんだか羨ましいですね。

 

彼を駆り立てるのは

「見たことのないものを見たい!」

「驚くような景色を体感してみたい!」

という好奇心でした。

 

彼は実際に見たことのない、体感したことのないことと出会い、特に東北が気に入って住むだけじゃなく、その文化のために公園を作ったり、遺跡を発掘したりしました。

 

彼の原動力は凄まじいし、そこからの行動力もすごい。

 

彼は自分が今まで出逢ってきたものを展示する博物館を作る夢を抱いてましたが志半ばで66歳で亡くなってしまいました。

 

 

 

自分の居場所は自分で作る

    旅


 

現代人には、「自分の居場所なんてないんだ」と嘆く人が多くいます。

 

馴染めなければ、場所を変えたっていいのです。

人は、ひとつのコミュニティに属していると、そこでの関係性が全てだと勘違いします。

 

そのコミュニティで上手くいかなければ人生終わった、みたいに感じる人がいますが、全くそんなことありません。

 

僕は、幼少期からかなりの人見知りで、学校のクラス替えなんかあっても「このクラス馴染めなかったらこの先1年どうするんだ!」と焦って、本当はしたくないのに自分から話しかけたり必死にしていたのを思い出します。

 

今思えば、別に仲良くしたくなかったらしなくていいし、合わない人たちばかりだったら他で繋がり持てばいいと感じます。

 

蓑虫山人の自由奔放な姿を見ていると改めてそう強く思いました。

 

蓑虫山人は、母親が亡くなってしまい、何を考えたのかは詳しく分かりませんが思うことがあって地元の岐阜県を出たのでしょう。

 

「人間はあっけなく死んでしまう。後悔しないように出来ることはやらないと」

と、母の死を前にし思ったのではないでしょうか。

 

14歳という若さで60歳になるまでずーっと同じような生活をしていたそうです。

 

彼のようにとは行かなくても、場所はいくらだってある。

蓑虫山人が安住の地に東北を見つけたように、今の居場所が辛かったら飛び出してみてはどうでしょう。

 

今ではネットも発達しているので同じ趣味の人の集まりにいとも簡単に参加できます。

僕も今、電子書籍を書いてるので電子書籍のコミュニティに入ったり、朝活好きなので朝活してる人たちと仲良くさせてもらったり、ウクレレ習ってるのでスクールの人たちと楽しく過ごしています。

 

他のコミュニティでうまく行かなくても複数あるので僕はへっちゃら。

 

嫌なら自分から動けばいいのです。

 

 

 

蓑虫山人から学べる教訓 

勉強

蓑虫山人から学べる教訓は「自分の居場所は自分で作ろう」ということです。

 

彼は自分の好奇心の赴くままに日本中を移動しました。

多くのことに触れると、自分の好きなことや好きな場所が見つかるかもしれません。

 

今の場所が気に入らなかったら、飛び出そう。

コミュニティに馴染めなかったら飛びだそう。

 

 

 

自由気ままに放浪していた蓑虫山人から、「もっと好きなように活きたらいいじゃん」と言われたような気がしました。

 

彼について、もっと知りたい方は以下の本がオススメです(^^♪

 

 

蓑虫山人の放浪について書かれている本です。

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました!

ではまた。

ざす。