ド底辺サラリーマンの夢の叶え方

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土方歳三ってどんな人?彼から学べる教訓【柔軟に対応する】


Hatena

ども!

歴史好きなライフコーチ 兼 ド底辺サラリーマンのけんいちです!

 

歴史は繰り返すと言われます。

歴史上の人物のストーリーを聞くと現代でも役に立つエッセンスがたくさん詰まっているんです!

 

日本史の偉人から学べる教訓を週1ペースで更新して勝手にシリーズ化しています(笑)

シリーズ85人目は、幕末のヒーローで新撰組の副長「土方歳三」です!

 

坂本龍馬や西郷隆盛など幕末の志士は非常に人気ですよね!

その中でも新撰組の土方歳三も大人気。

彼は幕府側だったので、明治政府軍に負けてしまった方ではありますが、それでも彼の生き様は非常に美しく、ファンが多い人物でもあります。

 

僕も大好きな人です!

 

仲間が次々と亡くなってしまったのに彼はなぜ最後まで戦い抜くことが出来たのでしょうか。

 

彼の人生や生き様からは「柔軟に対応する」大切さが学べます。

 

土方歳三ってどんな人?

土方歳三から学べる教訓は?

 

これらのことを書いていきます!

 

◆本記事はこんな人にオススメ!
✔柔軟に物事を考えられるようになりたい人。
✔どうしても過去のことが気になってしまう人。
✔歴史好きな人。

 

土方歳三は「鬼の副長」として恐れられていましたが、今までの考え方に囚われない、柔軟な考え方を持っていることもわかります。

 

柔軟に物事を考えられなかったり、過去のことを気にしがちな人は土方歳三の考え方に触れるときっと刺激を受けるでしょう。

 

 

 

 

(約5分で読めます)

 

土方歳三ってどんな人?

土方歳三

土方歳三(Wikipedia参照)


さて、鬼の副長と恐れられた彼の生涯はどんなものだったのか、見てみましょう! 

 

 

小さい頃は悪ガキだった

1835年、今の東京都日野市で豪農の家柄に生まれました。

同じ年に生まれた偉人では福沢諭吉がいます。

 

日野市は多摩地区ですが、当時多摩は徳川幕府の領地だったので、彼らは徳川家に仕えているという自負があったと言われています。

 

小さい頃から悪ガキだったようで、「バラガキ」というあだ名もついていました。

これは「暴れん坊」とか「手に負えない」というような意味だそうです。

 

幼少期のエピソードとして、風呂上がりに素っ裸で家の柱相手に相撲の稽古をしていたらしいです(笑)

 

そして10代の頃、剣術を学び始めます。

 

 

近藤勇と出会う

 

剣術を学び、道場破りなどをしていたころ、同じ多摩出身で1歳年上の近藤勇とも出会います。 

 

土方歳三は、のちのち「新撰組を天下一の組織にして、近藤勇を大名にする」という夢を語っていたそうです。

副長という名にふさわしい心構えと、近藤勇に対する忠義心を感じられますね。

 

漫画ワンピースでルフィを海賊王にする!と豪語するゾロとダブりました。笑

 

当時出会った近藤勇と一緒に「天然理心流」という剣術の流派の道場に入門することとなります。

 

 

新撰組結成へ

 

土方歳三が28歳の頃、14代将軍徳川家茂の護衛を目的とする「浪士組」の募集を目につけ、近藤勇と一緒に応募して参加することとなります。

 

これがのちの「新撰組」となります。

 

多摩の生まれの彼らからすると徳川家直下の侍になることはかなり誇りに思うことだったのではないでしょうか。

 

 

その後、「八月十八日の政変」というクーデターを鎮圧したり「浪士組」は活躍し始めます。

 

この当時、同じ浪士組の中でも、近藤勇と土方歳三と対立していたのが芹沢鴨という人物。

 

酒癖、女癖も悪く、治安維持といいながら行く先々でトラブルを起こす厄介者。

実力はあったそうですが、このままでは浪士組がダメになってしまうと判断し、芹沢鴨は土方歳三らに暗殺されたと言われています。

 

 

そして、近藤勇を局長、土方歳三を副長として「新撰組」に名前を変えました。

 

 

そしてその後も「池田屋事件」という、倒幕派の人たちの密会に襲撃し、勝利を収めるという大金星をあげ、一躍有名になりました。

 

 

箱館戦争の敗北、そして、、、

 

 

順風満帆と思いきや、一気に幕府側が崩れていきます。

 

大政奉還、王政復古の大号令により、徳川慶喜率いる江戸幕府は「政権を政府に渡します」と約束して、事実上江戸幕府は崩壊。

 

江戸幕府がなくなったので、護衛役の新撰組も役目がなくなってしまいます。

 

しかし、この大政奉還による処遇に納得のいかない旧幕府軍は、土佐藩や薩摩藩の連合軍である明治政府と戦います。

これが、国内最後の内乱と言われる「戊辰戦争」です。

 

この戦いでは、新撰組は新政府軍に大敗します。

 

 

途中で近藤勇は捕まり(というか投降し)、斬首されてしまいます。このとき、死罪だけは免れるよう明治政府側の勝海舟に土方歳三は直談判したそうですが、それも叶わず処刑されます。

 

土方歳三だけは残った仲間と大阪から江戸、江戸から東北へと足を進めます。

この間、戦は勝ったり負けたりでした。

 

土方歳三は移動しながら、旧幕府軍の榎本武揚という人物と合流して、ついに蝦夷地(北海道)に向かいます。

 

そこで、函館五稜郭を占領。

他の戦も連戦連勝で、領地を広げていきます。

そして、榎本武揚を総裁とする「蝦夷共和国」という国まで作ってしまいました。

土方歳三は「陸軍奉行並」という役職についています。

 

 

しかし、新政府軍は最新鋭の武器を使っていて、旧幕府軍は馬の上に乗り刀を振り回している状態。

 

力の差もあり、だんだんと負け戦も増えてきて、ついに土方歳三は銃弾を腹部に受け落馬。

そのまま死去したと言われています。

 

しかし、死体の行き先や埋葬場所は定かではなくどこに葬られたかはわかっていないそうです。

 

最後の最後まで戦い抜いた土方歳三。

その信念と強さで今でも大人気の人物です。

蝦夷共和国は創立後1年も経たないうちに降伏し解散しました。

 

 

 

柔軟に対応する

身体の柔らかい人



土方歳三は、鬼の副長と呼ばれていたくらい冷徹なイメージです。

 

冷徹というと頑固であったり頭でっかちなイメージもありますが、冷徹だったのは組の規律を守るためであり、非常に柔軟な人でもありました。

 

 

戦いながら大阪から北海道まで行っちゃうなんて凄すぎないですか?

戦が強かったのはもちろん、攻め時や引き際をよく理解し、その場その場で柔軟に対応できていたのでしょう。

 

非常に頭の冴える人でもありました。

 

 

また、彼の有名な肖像画をよくみると、フランスの軍服に日本刀を指しています。

 

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異国のものも取り入れてしまう柔らかさも持ち合わせていたのです。

また、新撰組といえば「浅葱色」の衣装のイメージですが、これも実際は動きづらく生地も薄く冬は寒いので実用的じゃないということでこの服装は却下されます。

 

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土方歳三は誇りを持って戦っていたと思いますが、変なプライドは持たず実用的で実践に役立つものであればなんでも柔軟に取り入れていたのです。

 

これが彼の強みではないでしょうか。

 

 

また蝦夷での戦でも、奇襲をしたり、刀vs銃という不利な状況をはねのけるくらいのものでした。

 

 

 

土方歳三から学べる教訓 

勉強

土方歳三から学べる教訓は「柔軟に対応するべし」ということです。

 

 

うまく生き延びるためには、プライドやこだわりは捨ててその場その場で「何が大切か」を考えて柔軟に対応すること。

 

これはビジネス面でも同じことが言えます。

変化に対応できないものは淘汰されてしまいますからね。

過去に拘らず、今を見つめて、何が最善なのか、自分はどうなりたいのかをハッキリさせて信念持って取り組んでみましょう!

 

現代に土方歳三みたいなリーダーがいたらどうなっていたのでしょう?

ワクワクしますね!

 

 

 土方歳三については、色んな本や漫画がありますが、以下の本がかなり濃密な内容になっています。

 

 

土方歳三が主人公となりドラマになった「燃えよ剣」 の解説なども含まれていたり、他の本についても書かれていたりします。

 

 

 

コチラの本は、主に蝦夷(北海道)に渡った後の戦いや動きが網羅されています。

新撰組時代もいいですが、個人的には最後の最後まで戦い抜いた蝦夷での土方歳三の活動が好きです。

そんな方には上記の本がオススメです。

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました!

ではまた。

ざす。