ド底辺サラリーマンの夢の叶え方

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ド底辺サラリーマンの夢の叶え方

心が軽くなる心理学やオススメの本や映画を紹介しています。

【食育】食事は命をいただくこと。その大切さは自然体験から学ぼう。


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ブログタイトル

ども!

ライフコーチ 兼 ド底辺サラリーマンのけんいちです!

 

普段は心理学やコーチングのことについて、また、本や映画の紹介記事が多い僕のブログですが、いつもとはちょっと路線の異なる「食事」について書きたいと思います。

 

先日、沖縄県の西表島に行きました。

そこで、自給自足している方に狩猟体験をさせてもらったり、農業を見させていただいたのです。

 

今では、スーパーに行けば、肉も野菜も調味料もなんでも変える時代です。

でも、それは当たり前じゃないんだと改めて気が付きました。

 

「食べ物」は、どれだけ苦労して手に入れているものなのかを西表島での体験を通して感じたので、そこでの学びについてシェアしたいと思います。

 

 

こんな人に読んで欲しい

・いつも食事を残してしまう人

・子どもに食育を教えたい親の方

・「食」についての仕事に従事している人

 

 

本記事では、「食=命をいただくこと」「食料を無駄にしてはいけない」「食育には自然での体験がピッタリだ」ということについて書いていきます。

 

食べものは残したり無駄にしてはいけないと僕は強く思います。

子どもに食育を教えたい方以外にも「食」の仕事に従事している方にも読んでいただけると嬉しいです。

 

僕も食品会社で働いています。

昨今、「フードロス問題」も叫ばれていますが、フードロスがあるということは、どれだけの命を無駄にしているのか、僕含めて実感しないといけないことだと感じたので本記事を書きました。

 

 

 

(約4分で読めます)

 

食事とは命をいただくということ

食事

 

僕らが食べているものはすべて「命」あるものです。肉、魚、野菜、それらすべて生きているのです。

生きている命を奪い、それを食べて僕らは「命」を繋いでいます。

 

水だけでは生きていけませんので、必ず僕らは「命」をいただいています。

 

それを加工したり、自分たちで増やしたり育てたりして、「食事」として食べさせてもらっていますよね。

 

もうそこには感謝しかないのです。

 

でも、僕らが住んでいる日本は恵まれた国なので、食に困ることはありません。

生きていれば赤ちゃんでも当たり前のように親がご飯を用意してくれてそれを食べられます。

当たり前になっているからこそ、有難みを忘れがちですよね。

 

スーパーで普通に売り場に並んでいる鶏肉も鶏の命を人間が奪い、それが僕らのもとに運ばれているのです。

 

元の姿がわからないくらい加工されてしまっているので、現実味が湧きませんが、この事実は忘れちゃいけません。

後述しますが、西表島で体験した狩猟は、生きているところから、命を奪い、食べるところまで一貫した貴重な体験をしました。

 

この体験をしたら、食料を無駄になんかできません。

 

 

食事をするということは、「命」をいただくということ。

 

 

これは、人として生まれた時から知っておくべき、学んでおくべきことだと思います。

 

 

 

食料(命)を無駄にすると、さらに多くの命が失われる

命

 

食料を無駄にするということは、命を無駄にしているも同然。

 

わざと食料を無駄にする人なんていないとは思いますが、ご飯を残す行為や、お店で売れ残った食料を捨てるという行為は、「命」を無駄にしているということになります。

 

食事は残さないようにするべきと僕は思います。

もちろん無理に食べる必要はありませんので、自分の必要な分だけ用意すればいいのです。

 

人が必要以上に食べ物を作ろうとしたり、お店や食品メーカーが売上のために、必要以上に作ろうとしたりすると、そのために、さらに家畜や農作物が増えます。

食べるためだけに飼育される牛や豚も多くなっていくのです。

 

必要以上に食料を求めるとそのために必要以上に命が生み出され、そして奪われます。

 

 

家畜や農作物を育てることは否定しているわけではありません。

命は循環するものなので。

僕らがしっかり必要な分だけ食料を確保しようとすればいいのです。

 

命を奪ったのに、残ったから廃棄するという行為は、命を無駄にしていること。

なんて悲しくむごい行為なのでしょう。

 

そうしたことを無くしていくためにも、食事は命をいただく行為なんだとひとりひとりが理解するべきではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

西表島での衝撃の狩猟体験が教えてくれたこと

西表島の海

 

こうした考えをもつキッカケになった西表島での経験をご紹介します。

美味しい物食べた自慢になってるかもしれませんがご了承ください(笑)

 

食育を子どもに教えたい親御さんは、自然での体験をオススメします。

狩猟体験は、幼い子にはハードル高いですが、農業体験、動物や魚を捕まえてからさばくところを見せる。

刺激が強いかもしれませんが、僕はとても大事だと思います。

 

僕が体験したイノシシ狩りをご紹介します。

 

 

西表島では、イノシシを食べます。

狩猟のやり方は人によるかもしれませんが、僕が体験したのは、山に罠を仕掛けて、狩猟する方法。

罠の仕掛け方から、引っかかったイノシシを担いで山を下りて、下山した後、解体するところまで見させてもらいました。

 

 

西表島でイノシシを狩ることは、昔からの伝統です。

石垣島など、他の沖縄の島でもイノシシを食べますが、西表島のイノシシは純粋にどんぐりやきのみしか食べておらず、豚との混血もなく臭みがまったくなくとても美味しいのです。

(西表島のリュウキュウイノシシは『カマイ』と呼びます)

 

 

刺身が本当に美味い!

イノシシの刺身

この日捕獲したカマイの刺身とオリオンビール(*´▽`*)

 

 

西表島のリュウキュウイノシシ(カマイ)は、しっぽ以外すべて食べられると言われています。(西表島生き物図鑑 カマイ (simamariasibi.com) 参照)

この日も「血」までいただきました。「血」で炒めたカマイチャンプルーがとても美味しかったです。

 

いただいた命。

残すなんてありえません。

僕らに捕まえられなければ、生きることが出来た命です。

それを無駄にはできません。

 

罠にかかったイノシシを捕まえて、長く苦しまないように心臓をナイフで一突きします。

結構これが衝撃で、人間みたいな鳴き声を出して訴えかけてくるように聞こえるんです。

 

最初は「かわいそう」という気持ちがありましたが、狩猟を教えてくれたお兄さんが、

「かわいそうなんて思わないこと。だったら最初から狩猟なんてやらない。普段だって僕らはこうして食物をいただいているんだよ」

と教えてくれました。

 

 

自分たちが生きるために、肉も魚も野菜も食べます。

野菜だって動物ではないけれど、生きている生物。

生物の命を奪わないで、僕らが生きることはできません。

 

 

命は循環するもの。

いただいたからには、ありがたく最後まですべて残さずいただくことが礼儀だし道義です。

 

 

食育にはこうした自然での体験がうってつけ。

 

 

食事にもっともっと感謝を

食事

 

「いただきます」というのは「命をいただきます」という感謝の言葉です。

「いただきます」という言葉は日本特有のもので英語でもこれにピッタリ合う表現ってないそうです。

 

「いただきます」という感謝の言葉は忘れたくないですね。

 

僕が体験したような狩猟体験で「やっぱりかわいそう」と思うような人がヴィーガンになるんだと思います。

 

僕はヴィーガンの人は否定しませんし、1ヶ月だけヴィーガンを意識した食事もしたことあります。

「不要な家畜は増やさない」という想いの人には共感します。

 

でも、肉や魚を食べないといったところで、僕は「植物、穀物だって命」であると思うのです。

動物のように、意識を持っているわけではないですが、野菜だって生きています。

だから、ヴィーガンの人が「動物たちが可哀想」と言いながらも穀物は食べてるのは僕にはちょっと違和感。

だから僕はヴィーガンになりません。

 

 

しっかり生きるため命をいただきます。

でも、絶っっっ対無駄にはしません!

 

西表島での狩猟体験は、食事についてとても考えるキッカケになり、食事にもっと感謝しようと思えた素晴らしい体験でした。

 

 

 

西表島、いいところです(^^♪

西表島の海

高台から見た海(*´▽`*)

 

 

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

ではまた。

ざす。