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天草四郎ってどんな人?彼から学べる教訓【カリスマになるには少しの謎を】


Hatena

ども!

歴史好きなライフコーチ 兼 ド底辺サラリーマンのけんいちです!

 

歴史は繰り返すと言われます。

歴史上の人物のストーリーを聞くと現代でも役に立つエッセンスがたくさん詰まっているんです!

 

日本史の偉人から学べる教訓を週1ペースで更新して勝手にシリーズ化しています(笑)

 

シリーズ81人目は、江戸時代初期に、わずか16歳で一揆の大将となった伝説のカリスマ「天草四郎」です!

 

「神童」「天才」「美少年」など数々の伝え話が残っている天草四郎ですが、16歳という若さで一揆を先導。

彼のここまでのカリスマはどこから来るのでしょうか。

 

 

天草四郎ってどんな人?

天草四郎から学べる教訓は?

 

これらを書いていきます。

彼の短いけれども壮絶な生涯を知ると、「カリスマになるために必要なこと」が学べます。

 

こんな方にオススメ!

・カリスマ性の秘訣を知りたい!

・自分の商品やサービスの魅力をもっと伝えたい!

・天草四郎の生涯を知りたい!

 

 

 

 

 (約3分で読めます)

 

 

天草四郎ってどんな人?

      天草四郎



 

恵まれた環境で充分な教育を受ける

天草四郎は本名を「益田四郎」といい、キリシタンの一家、益田家に生まれました。

彼は、天草市のある熊本県で生まれたとされますが、詳細は不明。長崎県という説も。

 

裕福な家庭で育ったため、優れた教育を受けて頭も良く「神童」とも言われていたそうです。

 

 

 

キリシタンの中で「救世主」とされる

 

父がキリシタンだったため、天草四郎も長崎で洗礼を受けてキリスト教に入信。

キリシタンの間では「救世主」とされ、神格化されていたようです。

 

イケメン説もありますが、本当はどうかわかりません。笑

ただ、「神童」「美少年」ということもあってか、幼いながら「神の子」とされていたのです。

 

また、「盲目の少女の目に手を当てて視力を回復させた」ということや「海の上を歩いた」などという神話も残されています。

まぁ、これはあり得ないので、作り話かと思いますが、それだけカリスマ性があったというわけです。

 

 

そんな天草四郎は、島原の乱という最大規模の一揆の総大将となります。

 

 

 

一揆の総大将となる

 

当時、天草四郎の住んでいる熊本県の農民はひどい重税に悩まされてました。

お城を建てるための税金などが重くのしかかり払えなかったら重刑という厳しい環境。

 

また、江戸時代は徳川家康の時代から禁教令が発令されてキリスト教は弾圧されていました。

1629年には踏み絵も導入。

「踏み絵」とは、キリストの絵が書いてある札を踏ませるというもの。

キリシタンからしたら神様と崇める方の絵を踏むなんて出来ません。

 

絵を踏むことが出来なかったものはキリシタンと特定され、処罰を与えられました。

 

天草四郎が生きていたのは、そんな踏み絵が導入された頃でもあったので、キリスト教弾圧への反発もあり、幕府への反抗として、1637年に島原の乱が起きます。島原の乱は歴史上最大規模の一揆だと言われています。

 

このとき、キリシタンの間でも神格化されていたカリスマ天草四郎は、わずか16歳ですが、島原の乱の総大将となり指揮をとります。

 

 

謎の多い天草四郎について

 

島原の乱は、幕府に大打撃を与えます。

幕府側の死傷者は8,000人以上とされ、徳川家の忠臣の板倉重昌という名将も命を落としました。

 

一揆軍は、城に立てこもる籠城戦をしましたが、城を取り囲まれ兵糧攻めにあい、食料も弾薬もなくなり全滅してしまいます。

 

そのとき、天草四郎も首を斬られました。

 

この一揆は、天草四郎が先陣切って統率をとっていたわけではなく、実際には天草四郎の父やほかのキリシタンや農民らが指揮をとり戦っていました。

 

流石に16歳じゃ戦を仕切るのは無理ですよね。

一揆軍が非常に巧みだったのは神格化された少年を大将にしたこと。

 

「神の子と崇められた少年が敵軍の総大将になっている」

 

これって謎が多いからこそ、敵としたら怖くないですか?笑

天草四郎が神格化されていたことは、おそらく敵の幕府側にも伝わっていたはず。

 

「なんだか凄そうなヤツが総大将らしい」という噂も立っていたのではないでしょうか。

あくまで僕の予想ですが。

 

味方の士気を上げるだけではなく、敵の士気を削ぐ効果もあったと思われます。

 

実際には敵軍に天草四郎の顔は分からなかったそうで、「俺は馬に乗った天草四郎を見た!」とかそんな記述も残されているくらい。

 

天草四郎が首を取られた時も10代半ばの少年としかわからなかったので、いくつかの少年の首を、母親に見せて、目の前で泣き崩れた子が天草四郎だと幕府側が判別したと言われています。

 

なんともひどい話ですが、全く顔がわからなかったんですね。

天草四郎は一揆に敗れてわずか16歳で殺されてしまいますが、彼は後世に語り継がれる伝説となりました。

 

 

 

 

 

カリスマ性に必要なこと

元気

 

天草四郎のカリスマ性はどこから来るのか?

 

僕は「ちょっとした謎」がポイントだ思っています。

敵の幕府側からしたら天草四郎の顔すら分からなかったのです。

 

また、「神の子」と言われ、キリシタンの中で神格化されていたり、ミステリアスな謎めいた部分が人を惹きつけたのではないでしょうか。

 

わからない部分があったからこそ、魅力的に映り、畏敬の念を相手に与えることもできたのでしょう。

 

その証拠に「俺が天草四郎をみた!」と敵軍の兵士が言い合っていたそうですし。

 

 

 

天草四郎から学べる教訓

勉強


天草四郎から学べる教訓は「カリスマ性の秘訣は少しの謎を含ませる」ということ。

 

これは自分が売る商品やサービスにも言えると思います。

僕は営業マンの先輩に「商品は全部説明するな。情報小出しにして、取引先に興味を引かせて向こうの気を引け!」と言われたことがあります。

 

相手に質問をさせるくらいちょい出しでいいんです。

 

カリスマ性や魅力を出したり、相手に興味を持ってもらうためには、ちょっとした謎を残してみてはいかがでしょうか。

 

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

ではまた。

ざす。