ド底辺サラリーマンの夢の叶え方

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北大路魯山人ってどんな人?彼から学べる教訓【嫌われるのは怖くない】


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ども!

歴史好きなライフコーチ 兼 ド底辺サラリーマンのけんいちです!

 

歴史は繰り返すと言われます。

歴史上の人物のストーリーを聞くと現代でも役に立つエッセンスがたくさん詰まっているんです!

 

日本史の偉人から学べる教訓を週1ペースで更新して勝手にシリーズ化しています(笑)

 

シリーズ70人目は、明治から昭和に活躍し、美術、美食、陶芸と幅広く才能を発揮した文化人の「北大路魯山人」です!

 

彼はとても名の知れた方ではありますが、実は横柄な態度で自分が設立した組織から追い出されたり、ピカソを批判したりとけっこう強烈なキャラクターの方なのです。

 

僕は彼の生涯を知って「『嫌われる勇気』を体現している人だな」と感じました。

 

そんな北大路魯山人の生涯を紐解き、彼から学べる教訓をまとめました!

彼の生涯を知ると、「別に嫌われるのは怖くない」と感じることができるかと思います。 

 

北大路魯山人って何をした人?

北大路魯山人から学べる教訓は?

 

これらのことをざっくりと5分でわかるように解説していきます^^♪

 

 

(約4分で読めます)

北大路魯山人ってどんな人?

          北大路魯山人


 

北大路魯山人は、美術、陶芸、美食と幅広い分野で活躍された方です。

彼の生涯をザックリと紹介します!

 

波乱万丈な幼少期

 

北大路魯山人は、明治時代の1883年、京都府に生まれました。

魯山人という仰々しい名前は本名ではありません。笑

名前は「房次郎」。士族の家庭に次男として誕生。

 

士族というと裕福そうな印象がありますが、家庭は貧しかったらしく、なんと房次郎が産まれる前に父親が自殺してしまいます。

 

さらに、お母さんも房次郎を知り合いから紹介された農家に預けて失踪。

農家を紹介した人の奥さんがまた房次郎を連れ帰りました。その方の苗字が服部さんだったので「服部房次郎」と名乗っていました。

 

しかし、その人もまた行方不明になり、奥さんも病死。

また別の方に育てられます。

 

わずか5歳になるまでに、身の回りの人が亡くなったり失踪したりとかなり辛い思いをした波乱万丈な人生でした。

そんな中、こんな逸話があります。

 

3歳のときに散歩中に綺麗な真っ赤なツツジがあったそうで、それに感銘を受けて「美」とともに生きていくことを決意したとのこと。

 

3歳でそこまで考えられるのか?!とも思いますが、小さい頃でもインパクトがあった出来事は記憶に残ることもありますよね。

 

その真っ赤なツツジがのちの巨匠・北大路魯山人を作り上げたのです。

 

また、幼少期の貧乏な時期に「安い米でも炊き方次第で旨くなる」ということも自分で炊事することでわかったそうで、美食家として目覚めるキッカケも幼少期にあったそうです。逆境だからこそ知り得ることがあったんですね。

 

 

メキメキと腕前を発揮!

 

一見逆境だらけのそんな房次郎ですが、若い時から頭角を表します。

10代の学生の頃の書道のコンクールで毎回上位入賞。その賞金で良い筆を買うなどしていました。

 

そして、就職して働き始めた頃にも、日本美術協会というところが主催した展覧会に若干21歳で一等を受賞。異例の快挙でした。

 

ここから芸術家としての活躍が始まります。

あの岡本太郎の祖父に弟子入りもしていたそうです。

書道教室を開いたり、大物画家から評価されたりと着実に名を上げていきました。

 

ちょうどこの頃(1916年くらい)から「北大路魯山人」という名前で活動していきました。

 

 

食に目覚め、会員制クラブを設立

 

北大路魯山人は、高級な料理なども食べる機会が増え、食にも目覚めていきます。

 

1921年には会員制の「美食倶楽部」を発足。

自身で料理を振る舞い、さらに、盛り付けるお皿も自分で作っていました。

 

料理、陶芸の才能もあったんですね!

 

さらにその数年後、会員制高級料亭として「星岡茶寮(ほしがおかさりょう)」も設立。

 

これには当時の議員だったり、作家の志賀直哉までもが会員だったそうです。

 

しかし、北大路魯山人は才能はありながら、態度はかなり横柄で働いてる人への態度や経営スタイルもめちゃくちゃだったそう。。

そしてなんと星岡茶寮を追い出されてしまいます。

 

自分で設立したところを追い出されるとかスティーブ・ジョブズと同じですね。笑

天才肌は極端な性格なのでしょうか。

 

その後もピカソやシャガールといった画家への訪問も実現しており、日本を代表する文化人となったのです。

 

 

 

嫌われるのは怖くない    

       嫌がっている犬

僕は北大路魯山人の生涯を知り、「嫌われる勇気」とはなんなのかということを学びました。

 

 北大路魯山人は、天才的な才能を発揮しましたが、あのピカソに対してこんなことを語っていたそうです。

 

別に全然大したものと思わなかったが、こんなもんをいかにも傑作のように話するのはピカソを一流のハッタリだと警戒しながら眺めた

 

 

「なんで、こいつが売れているんだ?!」とでも言わんばかりの発言。

 

また、フランスに行き、高級フランス料理を食べた際も、

「このソースは合わない」と言い、自分で持ってきた調味料を使って食べたそうです。

料理人の人からしたら激怒しそうな出来事ですよね。

 

 

でも、このことを成し遂げられるのは、自分に自信があるからだと思うんです。

食材をいかにして調理したら美味しく食べられるか。

どういう形、どういう色で作ればいい陶芸作品が生み出せるか。

これをとことん追求していったからでしょう。

 

 

自分に自信を持ち、自分が一番だと思えることができているからこのような大きな態度も見せることもできるんですね。

暴言を吐いたり性格が悪いと言われることも多いそうですが、それでも彼に魅了された多くの人がいます。

 

現に、マンガ「美味しんぼ」では海原雄山のモデルにもなりました。

 

嫌うかどうかは、他人次第。

自分に悔いのないように生きて嫌われるくらいだったら別にいいんじゃないでしょうか。

魯山人のように暴言吐いたりまではしなくてもいいと思いますが(笑)、嫌われるかどうか気にしながら生きるよりは彼のように大きく強く生きていたいものです。

 

 

 


           

 

 

北大路魯山人から学べる教訓

         勉強

北大路魯山人から学べる教訓は「嫌われるのは怖くない」ということ。

暴言を吐いて嫌われても、魯山人にはそれ以上に多くのファンがいました。

それは彼がとことん研究し自分を磨いていたから。

読書量と研究にかける時間はかなり多かったようです。

 

 

能力が突出してくるとそれに反発する人もいます。

有名人でもかならずアンチとかいますよね。

でも、それは単純に価値観が合わなかっただけのこと。 

 

僕もTwitterのフォロワーは増えてきた頃、僕のツイートに対して「何アホなこと言ってんの?」とストレートにディスられたことがあります(笑)

でも、その人は自分とは別の世界で生きている住人なので「そうか、あなたはそう思うんですね」と感じて、僕にとっては「はい、終わり」という感じでした。

 

 

嫌われることを恐れちゃいけない。

 

北大路魯山人大先生を見習って、自分を極め、嫌われることは気にせずに行動していきましょう!そうすると、必ず賛同してくれる人も現れるハズ!

 

 

 

彼の人生をもっと詳しく知りたい人は以下の本もあります(^^♪

非常に苦しかった幼少期から大活躍するまで、魅力的な人生が凝縮されている本です。 

 

 

 

 

それでは、最後までお読みいただきありがとうございました!

ではまた。

ざす。