ド底辺サラリーマンの夢の叶え方

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ド底辺サラリーマンの夢の叶え方

ライフコーチの僕が心が軽くなる心理学についての記事を書いています。また、読書と映画鑑賞が趣味なので、面白かった本や映画も紹介しています。

加藤清正から学べる教訓 何した人か5分で解説【部下との接し方を学ぼう】


Hatena

ども!

歴史好きなライフコーチ 兼 ド底辺サラリーマンのけんいちです!

 

歴史は繰り返すと言われます。

歴史上の人物のストーリーを聞くと現代でも役に立つエッセンスがたくさん詰まっているんです!

 

日本史の偉人から学べる教訓シリーズ。

39人目は三大名城と言われるうちの名古屋城、熊本城の2つを手掛け、『築城の名手』と言われた「加藤清正」です!

 

身長も190㎝ほどあり、武士としての力もありました。

 

そんな武力にも知力にも長けていた加藤清正の生涯と彼から学べる教訓を書いていきます!

 

加藤清正って何をした人?

加藤清正から学べる教訓は?

 

これらのことをざっくりと5分でわかるように解説していきます^^♪

 

 

 

(約5分で読めます) 

 

 

加藤清正ってどんな人?

加藤清正


 

加藤清正は1563年に現在の愛知県である尾張国に生まれた戦国武将です。

おひげがトレードマーク(笑)

板垣退助、大久保利通といい、歴史上、ヒゲは男のトレードマークだったのでしょうか(笑)

 

 

190cmの長身で武力にも長け、城造りの名手でもあった万能なスーパーマンである加藤清正の生涯をざっくり解説します!

 

豊臣秀吉の雑用役に抜擢

 

加藤清正は、現在の愛知県に生まれました。

刀鍛冶の父を持っていましたが、幼い頃に父親を亡くしてしまいます。

 

教育熱心な母親からは、勉強させるために寺に通わせて貰っていたそうです。

知力もあった清正はここで基礎ができていたのかもしれません。

 

加藤清正の母親と豊臣秀吉の母親は従姉妹同士だったようで、豊臣秀吉の『小姓(こしょう)』という雑用役に抜擢されます。

 

母が従姉妹同士とはいえ、秀吉の25個も年下でした。

そのため清正はかなり可愛がられていたようです。

また、体格も良く文武両道でもあったので将来も期待されていたみたいですね!

 

 

豊臣秀吉の右腕

 

織田信長が自害した本能寺の変では、中国地方を攻めていた豊臣秀吉の超高速カムバックした「中国大返し」では加藤清正もお供していました。

 

中国大返しとは?

織田信長の死を聞きつけた豊臣秀吉軍は、当時中国地方を攻めていたが、織田信長の仇討ちを最優先事項と捉え、わずか10日間で京都に戻ったと言われる大移動のこと

 

 

そして、織田信長の後継者争いで柴田勝家との戦いである『賤ヶ岳の戦い』では大活躍し、『賤ヶ岳の七本鎗』という名誉を与えられました。これはこの戦のMVPみたいなものでトップ7人に選ばれ、秀吉から褒美を与えられたのです。(褒美は2番目に多い3,000石の領土でした)

 

加藤清正は、豊臣秀吉の小田原攻めや、朝鮮出兵などにも参加し、秀吉の右腕ともなったのです。

朝鮮出兵のときには、虎を退治した逸話があります。どんだけ強いんや!

 

 

ちなみに、朝鮮出兵から帰ってきた際、朝鮮からセロリを持ち帰ったとして、日本に初めてセロリを持ち込んだ人とも言われています。

 

ほんとかどうか怪しいけど、僕はセロリ大好きなので清正さんありがと〜笑

 

 

城を築く名人

 

秀吉の死後は、そのあと江戸幕府を開く徳川家康に仕えます。

ここらへん臨機応変に君主を変え、見極める力にも長けていますね。

徳川家康の軍勢でも活躍しました。

 

名古屋城を建てるのにも協力し、熊本城も加藤清正の手によって建築されました。

僕も熊本城の加藤清正像を見に行ったことがあります!

 

関ヶ原の戦い以降、今の熊本県である肥後国を任されていた清正は熊本の人たちにも今でも人気があるのです。

 

 

武力もさる事ながら、城を築く名人でもあったんですね!

 

 

 

 

部下との接し方

部下への教育


 

加藤清正は部下との接し方が非常にうまいです。

 

こんな話があります。

 

 

朝鮮出兵で、ある部下に撤退命令をしたときのこと。

その部下よりも身分が上で武力に自信があった者が「なぜ清正様は、その大事な役割を俺を差し置いて他のやつに任せたんだ!」と悔し涙を流していたそうです。

自分より役職が下の人に重要任務を任されて悔しかったんでしょうね。

僕ももし、自分の後輩に自分より重要な取引先や案件が任されていたら、悔しい気持ちになりますね。

 

 

しかし、そのとき加藤清正はこう言いました。

 

「お前たちはみな平等に大事な家臣だ。お前たちが充分に力を活躍できるときに応じて動いてもらう」

 

要約するとこんな感じです。

「武力が必要とするような任務だったらお前に任せていた。今回は部隊の撤退だったのであいつに任せたんだ」と。

それを聞いた家臣は納得したそうです。

 

適材適所に家臣を使い、相手の気持ちも考える加藤清正のこの対応は勉強になります!

 

 

また、こんな名言もあります。

 

上一人の気持ちは、下万人に通ずる。

 

トップの気持ちは部下全員に伝わるということです。

良くも悪くもトップの人の態度や気持ちは全員に伝わるのです。

なので、加藤清正はいつでも武装をしていたそうです。

 

これは、「たとえ戦が始まらなそうな場合でも気を緩めていると、部下まで気を緩めてしまうから」という理由で、言葉ではなく態度で示しているとても理想のリーダー像です。

 

 

 

加藤清正から学べる教訓

学び


加藤清正から学べる教訓は、「正しい部下と接し方」です。

 

部下の自尊心も尊重し、「お前を頼りにしているぞ」という気遣いもバッチリ。

そして、気持ちは全員に伝わるものだと考え、態度で教育していた加藤清正はまさにリーダーの鏡です!

 

さらに惚れました!笑

 

もっと加藤清正について知りたい方にはこんな本がオススメです(^^♪

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました!

ではまた。

ざす。