ども!
ド底辺サラリーマンのけんいちです。
僕は昔、とても人目を気にする性格でした。
なにかを発言するにしても
『嫌がられたらどうしよう』
『こいつ何言ってんだとか思われたらどうしよう』
と考えてしまったり、学生時代には、だれかがコソコソ噂話してるの見るだけで、『俺の悪口言ってるのかな?』と被害妄想もはなはだしい根暗少年でした。笑
しかし、僕はいつの日か『別に他人がどう思っていたっていいや』と振り切れるようになり、自分の言いたいことを主張するようになりました。
案外他人って自分のこと見てないんすよね。
『他人のことは変えられないんだし、もう嫌われたらそれは仕方ないじゃん』と思いました。
大人になってから、心理学を勉強して、アドラー心理学に出会って同じような考え方があったので、衝撃を受けました。
あ、自分の考え方は間違ってなかったんだな、と。
100万部を超えるベストセラーながら、まだ読んでおらず(笑)、今更ながら読了したコチラの本をご紹介します!
この本は、悩める青年とアドラー心理学に精通した哲人というふたりの対話形式で、アドラー心理学に触れて行くといった内容です。
アドラー心理学が網羅されていて、かつ、物語調なので、入門編にもピッタリだと思います!
こんな人に読んでほしい!
・自分らしく生きたい人
・対人関係に悩みのある人
・他人の目が気になる人
この本の要点と僕が伝えたいこと
人は悩むとき、その原因を過去から探る。原因を探るだけでは解決にならない。過去の出来事から今の自分が何をするのか?と考えることが大切だ。
人は人と関わる限り共同体に所属している。
「自分の居場所がある」という所属感や「他者に貢献している」と感じることが幸せにつながる。
自分をありのままに受け入れて他者に貢献しよう。今の自分のままでいい。それで人に嫌われたとしてもいい。嫌われる勇気を持とう。
悩みは原因を探るな!トラウマは存在しない?
人は悩むとたいてい原因を探ります。
『引きこもりになったのは、幼少期時代に親に暴力を振るわれたからだ。』
『自分がうまく人前で喋れないのは、学生時代に大勢の前で緊張して何も喋れなかった経験があったからだ』
しかし、アドラー心理学ではこうしたトラウマを否定します。
アドラー心理学では、過去から原因を探る原因論ではなく、過去のその出来事から自分がどういう目的を持って行動しているのかという目的論で考えます。
先ほどのふたつの例で説明すると、
『引きこもりになったのは、過去のトラウマなんかではなく、親と関わりたくないからその欲望を満たすという目的のために引きこもりをしている。』
『人前でうまく喋れないのは過去の失敗からではなく、今また同じ失敗をしたくないからそれを理由に逃げようとしている』
と捉えるんです。
これ最初は理解しがたく、結構衝撃でした。笑
自分が今を生きるということから逃げているから過去の経験を持ち出してそれを理由にしているんですね。
過去は変えられない。自分は今を生きるしかないので、『今何をしたいか?』というのを大切にしましょう。
いかなる経験も、それ自体では成功の原因でも失敗の原因でもない。われわれは自分の経験によるショック−いわゆるトラウマ−に苦しむのではなく、経験の中から目的にかなうものを見つけ出す。自分の経験によって決定されるのではなく、経験に与える意味によって自らを決定するのである(29-30pより引用)
過去の経験から今があるのではなく、過去の経験に意味をつけて今を生きるのです。
ここはアドラー心理学が『勇気の心理学』と言われるゆえんだと思います^ ^
どんな過去を歩んできていても、自分の意味付け次第では幸せな人生を歩んでいけるということです。
自分の悩みは誰の課題かを考える
アドラー心理学では『課題の分離』という考え方があります。
およそあらゆる対人関係のトラブルは、他者の課題に土足で踏み込むこと−あるいは自分の課題に土足で踏み込まれること−によって引き起こされます。(140pより引用)
子供に勉強しなさい!と親が言う。
これは間違っていると書かれています。
子供がもし勉強しなかったら影響があるのは子供自身です。子供が勉強するかどうかは子供の課題ということ。
親が介入すべきではない。もちろん、援助は必要だが、いくら自分の子供でも他者の課題に踏み込んではいけないということです。
他人は変えられません。
対人関係に悩みがあるとき、自分の悩みは明らかに他者の課題から来ているときはもう諦めるしかありません。
他人が自分のことをどう思うかなんて自分にはコントロール出来ないんですから。
所属感と他者貢献が幸せに生きるために大切なこと
他者を仲間だと見なし、そこに「自分の居場所がある」と感じられることを、共同体感覚といいます。(179pより引用)
人はあらゆるコミュニティに所属しています。
その中で、周りが仲間でここが自分の居場所だと感じられることで安心感を得られます。
しかし、注意をしないといけないのは、あくまで「わたし」中心の世界と捉えないこと。
自分中心に考えてしまうと、他者に期待をしてしまいます。そして、他者中心に考えてしまうとその期待に応えようと自分らしく生きられなくなります。
「わたし」は、世界の中心に君臨しているのではない。「わたし」は人生の主人公でありながら、あくまでも共同体の一員であり、全体の一部なのです。(185pより引用)
自分はあくまでも共同体の一部と考えます。
他者に期待するのではなく、
そして他者の期待に応えるでもなく、
自分らしく生きた上で自分がいるコミュニティに所属し、貢献することが人が幸せに生きる方法なのです。
他者の期待に応えないことで、その人との関係がこじれたとしても、それは仕方ないことです。
自分がしたいように生きて、他者になんて思われたって関係ありません。
それで不仲になるような人は自分の人生に必要のない人です。
それくらい割り切ること。
嫌われる勇気を持つことが幸せな人生を歩む一歩なんですね^ ^
まとめ
他にも「人は行動レベルじゃなく存在レベルで価値がある」とも書かれています。
人は存在してるだけで価値があるんです。
他者の期待に応えなくたっていい。
他者の期待に応えるということは、自分の人生の選択を他者に任せているということなので、これも自己中心的な考え方なのです。
他者の期待に応えるような人生を歩んで自分に嘘をつくよりは、他者に嫌われても自分の好きなように生きるべきですね^ ^
誰でも存在レベルで価値がある。
自分が他者の目を気にせずに好きに生きていいんだなとこの本を読んで確信を持ちました。
嫌われる勇気を持ち、自分をありのままに受け入れて、他者に貢献して幸せな人生を歩みましょう!!
ではまた。
ざす。